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276 塔ノ岳4
丹沢山3
蛭ガ岳2
2004年1月24日(土) 丹沢 管理人の記録
コースタイム 大倉→0:55→見晴茶屋→1:00→堀山ノ家→1:00→
花立山荘→0:45→塔ノ岳→0:45→竜ガ馬場→0:25→
丹沢山→1:00→棚沢ノ頭→0:45→蛭ガ岳
合計歩行時間 6:35  1泊2日の山
往路時刻 池袋5:10→新宿5:18 5:31→渋沢6:41 6:48→大倉7:03
神奈川中央交通
復路時刻 焼山登山口 バスは全便土休日運休 タクシー40分
名 山 日本百名山 関東百名山 日本千名山
交通費 合計6,610円  池袋⇒新宿150円 新宿⇒渋沢650円
渋沢⇒大倉200円 焼山登山口⇒藤野タクシー4,500円
藤野⇒池袋1,110円
ガイドブック

前回登ったときの山日記はこちらからどうぞ↓

蛭ガ岳1
先週雪が降って、これ以上降ると歩けなくなる恐れがあるので今のうちに蛭ガ岳へ行こうと決めた。前に蛭ガ岳山荘の主人が2mの大雪に閉じ込められてヘリで救助されたという話を聞いてから丹沢は怖くなってしまった。
今日は蛭までしか行かないという油断から30分寝坊して、予定より1時間遅く大倉に着いた。この前鍋割山の帰りに下ったばかりでばかばかしい気もしたが、一番楽なコースなのでしかたがない。今年最初の小屋泊まりだが、寒そうなのでスキーズボンや食料の装備がいつものお手軽ハイクより重い。丹沢山から先の苦戦は必死なのでゆっくり歩く。いつもは何十人も抜いている僕だが、今日は日帰りの登山者達にどんどん抜かれて行く。
見晴茶屋を過ぎると急登が始まり、汗をかきはじめる。

[大倉バス停レストハウス]          [見晴茶屋から急登が始まる]
一本松で服を脱ぐと身軽になり、登りもゆるやかになったので軽快に歩く。
堀山を巻くと板を乗せたボッカさんを発見する。いったいどこに使う板なのだろうか?
少し下る場所では道が凍結していて、注意しながら下った。
堀山ノ家からまた急登が始まり苦しい。団体さんを抜かして、一段一段登っていく。

[板は何に使うのかな?]           [苦しい階段]
天神尾根を分けると雪が出てきて、アイゼンを着けようかどうか迷ったが平坦な道なのでそのまま進むことにした。登りになるとまた雪は消えて着けなくて正解だった。
後ろに相模湾が見えて展望はいいが階段が連続してまたまた苦しい。

[天神尾根分岐から雪が出てくる]      [花立山荘直下の急な階段]
花立山荘からは雪に覆われているようなのでアイゼンを装着することにした。
装着している間に湯を沸かしてラーメンを食べた。
今日は曇りで富士山も半分雲の中なのに、登山者が続々と登ってくる。

[花立山荘]                   [アイゼン、スパッツを装着]
花立まで登ると三浦半島や江ノ島が見え、展望を楽しんだ。
晴れてればもっと良かったのに…。
ロープのある下り道があったがアイゼンなので、問題なく通過することができた。
僕はここのためにアイゼンを着けたのだ。
木の間から白い塔ノ岳が見えた。

[大山と二ノ塔]                 [塔ノ岳]
廃屋になった日ノ出山荘が見えれば、塔ノ岳はすぐだった。
あれだけたくさんの人が登っていたのに、意外と人は少なかった。
こんな天気ではすぐに帰りたく気持ちもわかる。
少し休んで出発すると、下から子犬を連れた美人お姉さんが登ってきた。
なんとその人は尊仏山荘のボッカさんだったのだ。
女性のボッカは初めて見るなあ。

[塔ノ岳山頂]                  [富士山]
尊仏山荘に泊まってみたくなったが、予定通り蛭を目指すことにする。
無雪期の下りはけっこう急で大変だったが、今は雪に覆われているので、スイスイ下れる。
登山道が崩壊して、左下を迂回すると登りになる。
日高と呼ばれる場所は朽ちた巨木があり雰囲気のいい場所。
やはり塔ノ岳に来たら丹沢山まで往復しないとだめだろうと思った。
やがて正面に笹原が見えるとそこが竜ガ馬場で、いい休憩場所となっている。

[蛭ガ岳]                     [丹沢山への道]
前に来たときは無かった階段が新設されており、アイゼンでは歩きにくかった。
竜ガ馬場のベンチにザックを置いて、塔ノ岳を振り帰った。
「ふう〜もうだいぶ来たなあ」

[丹沢山への道]                [竜ガ馬場]
さらに登ると、不動ノ峰が近くに見えるようになるが、蛭ガ岳はその陰に隠れてしまった。

[塔ノ岳]                     [丹沢山への道、不動ノ峰]
丹沢山を往復して帰る人と何人かすれ違いながら登ると丹沢山頂に着いた。
山頂には「丹沢山百名山」の大きい看板が立ち、この山が百名山のようだ。
個人的には山の品格や展望、標高の面からいって、蛭ガ岳のほうがいいように思う。
丹沢山の品格はともかくとして、展望や標高は蛭ガ岳に劣る。
でもまあ、こんな看板ができちゃったんだからしょうがない。
記念に命ポーズで写真を撮った。
傍らにみやま山荘があるがこの小屋もいつか泊まってみたい。
展望が無いのですぐに歩こうとしたが、宮ガ瀬のほうが気になって少し歩いてみた。
どうやらトレースはあるようだった。

[丹沢山]                     [丹沢山山頂]
ほとんどの人が丹沢山までしか来ないようで、ここから先はかなり雪が深い。
丹沢山までの道は完全に踏まれていたが、こちらは足跡が一人分しかなく、はずすと深みにはまりそうなので、歩幅を足跡に合わせて大股で歩いていく。
ひざ下まで雪が来るので急に積雪量が増えた感じだ。
吹き溜まりでは50センチはあるだろう。
前を歩く登山者は深みにはまり、脱出に苦労していた。

[不動ノ峰と蛭ガ岳]              [不動ノ峰]
不動ノ峰が見えると、ここから蛭ガ岳の間までは僕が丹沢で一番気に入っている場所だ。
笹原を縫うように付けられた道は気持ちが良さそう。
さらに天の恵みか雲が取れて、太陽が顔を出し始めた。
鞍部から登り始めて、谷底に目をやると、鹿と目が合って睨めっこ状態になる。
鹿も僕もどうしたらいいのか固まってしまった。
僕が写真を撮ると、鞍部の登山道をピョ〜ンと横切って走り去ってしまった。

[蛭ガ岳への道]                [鹿に出会う]
やがて青空が見え初めて、後ろの丹沢山が光っている。
しかし、足元はあまり踏まれていないので、雪に足を取られて歩きにくい。
ハアハアいいながら登っていく。前回来たときもそうだが、今回も丹沢山〜蛭ガ岳が一番苦しそうだ。

[丹沢山]                    [天気が良くなる]
登りきると、ゆるやかになり小屋の建つ休憩所に着いて一休みする。「ふう〜疲れた」
そこから不動ノ峰へは少しの登りで着いたが展望はほとんど無い。

[蛭ガ岳への道]                [不動ノ峰]

[塔ノ岳]                     [丹沢山]
棚沢ノ頭に来て、ユーシンへの道を見るとトレースが全然無かった。
もしこっちのコースを選んでいたらと思うとゾーっとした。

[富士山]                    [蛭ガ岳]
深い雪に苦しみながらも鬼ガ岩に着くと、蛭ガ岳がかなり大きく見えた。
運良く雲の切れ間から太陽が見えて、シャッターチャンス!

[蛭ガ岳]
ここからアルペンムード満点の岩場となり鎖を使ってスリルを味わいながら下る。
しかし岩と雪のミックスなので油断は禁物だ〜。
と思っていたら、右足の感覚がなくなる。「ズボッ」「うわっ」
いったいなにが起きたのか立ち上がって足を抜くと、雪庇を踏み抜いていたのだ。
そこはヤセ尾根になっていて、知らずに踏み抜いたらしい。
幸い左足は尾根に乗っかっていたので、滑落は免れた。
「ひや〜危ない危ない、もう少しで死ぬとこだった〜油断大敵だなあ」

[鎖場を下る]                  [鬼ガ岩ノ頭]
やがて道が登りになると、今までの疲れがどっと出て、2,3歩歩いては休みながら登った。
ワンワン吠える犬に迎えられて、ようやく蛭ガ岳山頂に到着した。
西丹沢自然教室のほうはトレースが無く、この時期に歩く人はいないようだ。
姫次のほうは?と目をやると、トレースがありホッとする。

[蛭ガ岳山頂]                  [蛭ガ岳山荘]
山荘に入ると暖かく、ストーブが三つ置いてあった。
予約無しの素泊まりで暖房費込み4,000円だった。
ここの夕食はレトルトのカレー、朝は納豆と前に来たとき食べて知っていたので、それなら自分で作ったほうが安いなあと思い、素泊まりにした。
食料と2Lの水は少々重かったが、これで2,000円浮くのだ。
ちなみに、PETの2Lの水は1,000円で売っていた。
それだけここでは水が貴重なのだ。
まだ15時だったが腹ペコな僕は自炊室でラーメンを作って食べて、ストーブに当たりながら他の登山者の会話に耳を傾けた。

[寝室]                      [自炊室]
ふと窓の外に目をやると空が真っ赤になっていた。
「ありゃ〜早く写真撮らないと〜」
ストーブの周りで雑談している登山者を尻目に、外へ出てみる。
富士山の宝永火口が噴火しているように赤く燃えていた。
う〜んこれはめったに見られない光景かも?

[夕暮れの富士山]
今日は全部で20人の宿泊客だそうだが、団体で来た人達意外は18時に布団に入る。
僕もいつの間にか眠っていた。ところが19時半頃に酔っ払った登山者が扉を勢い良く開けてバーンと音がして目が覚める。周りで聞こえていたイビキが全部止まったので他の人達も今ので目が覚めたのだろう。その酔っ払った人達は「布団が敷いてな〜い」と冗談なのか、山小屋に泊まるのは初めてなのか信じられないことを口にする。僕は心の中で「布団は自分で敷きましょう」と呟いた。その後も大騒ぎは止まらず、先に寝ていた登山者の一人が「うるさいですよ、静かにしてください」と言った。僕は心の中でその人を拍手した。20時になり消灯になったが、それでも騒ぎは止まらず、今度は別の人が「いい加減にしろ!後からやってきて非常識だぞ!」と言った。「後からやってきて」は関係ないだろうと思った(先に山小屋に入ったからといって優遇されるというわけではないので)。それを聞いたか聞かなかったか分からなかったが、話し声は小さくなり、イビキの大合唱へと変わっていった。僕は「これはこれで眠れないぞ〜」と思いながらも耳栓をして眠ることができた。
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