| 004 | 日和田山1 物見山1 |
1990年1月4日(木) | 奥武蔵 | 管理人の記録 |
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| コースタイム | 高麗→1:00→日和田山→0:50→物見山→1:05→ 鎌北湖→1:40→東毛呂 |
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| 合計歩行時間 | 4:35 |
| 往路時刻 | 池袋5:38→飯能6:34 6:35→高麗6:42 |
| 復路時刻 | 東毛呂(土休)約15分毎 |
| 名 山 | 関東百名山 日本千名山 |
| 交通費 | 合計1,140円 池袋⇒高麗510円 東毛呂⇒池袋630円 |
| ガイドブック | ◆ |
| この山は小学生の時にも来ていて、それを思い出せればいいなあと思って行く事を決めた。 蕨山からずいぶんと間があいているのは受験勉強のせいだ。 去年の秋は女子高生に声を掛けられて、その子たちの学校に学園祭に誘われて行ってとても楽しい青春?を送ることができたので、受験勉強の息抜きに登ろうと思った。 高校時代の話は別のところで詳しく書きたいと思う。 男子校だったけど、それなりに楽しかったのだ。さあ試験の前に楽しむぞ! 西武秩父線の高麗駅で降りるとトーテムポールが出迎えてくれた 高麗という地名はその昔、朝鮮からと渡来人がここを切り開いたことに由来するらしい。 国道299号を横切り、鹿台橋を渡れば左に指導標のとおりに行けば登山口へと着く、薄暗い林の中を登ると鳥居の立つ分岐で一休み、僕は男なので男坂を行くことにした。 小沢を渡ると露岩になって、ハードな登りとなる。 「苦しいけどこれを登れば、合格するかも」と願いを込めながら登ると金刀比羅神社について、巾着田が一望できた。 上から見下ろすと本当に巾着のような形をしていて面白い。 |
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| 富士山が見えた | |
| 神社裏を登ると日和田山でベンチが置いてあるので、一休みする。 | |
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| 日和田山山頂 | |
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宝筐印頭があるのはどういう意味だろうか、考えると長くなりそうなので、先を急ぐことにした。 急坂を下り緩やかに登って林道に出ると、鉄塔の建つ高指山に着いた。ここは西側の展望が良い。 うろうろしていると、鉄塔施設の管理人に怒られそうなので、行くことにした。考えてみれば、僕の山登りは色々なものから逃げている。 「現実、おばさん、都会の喧騒、人間関係、他の登山者…」僕はまだ精神的に弱い人間らしい、「未成年だからしょうがないか」でも大学に入れなかったときの不安もあり、辛い時だった。 「いつかこんなことを感じなくなる日が来るのだろうか…」時はバブル絶頂期で、みんな「マネーマネー」と騒いでいた「財テク、地上げ屋、マネーゲーム、お立ち台…」こんなんじゃいつか日本はだめになってしまうぞ! さて、話を戻してこの高指山からは車道歩きとなる。 前が明るくなるとのどかな山村の駒高の集落へ着く、「こんな山の上に住んでいるなんて!」僕は驚いた。 茶店の先からまた山道となり、巻道を左に分けると、物見山に着く、右に2分も歩けば三角点がある。 |
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| 物見山山頂 | |
| 最後の眺めを堪能して、下ることにする。 | |
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| 物見山から電波塔の建つ高指山を見る | |
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コンクリート製の指導標が現れると、ヤセオネ峠だ。 ここで右に宿谷ノ滝への道を分けて少し行くと、左に小瀬名への道が分かれる。 こっちの道に吸い込まれそうで「いつかこっちの道を歩いてみたいなあ」と思った。 薄暗い杉林をなおも下ると林道を横切り、北向地蔵に着く。 |
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| 北向地蔵 | |
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お地蔵さんは綺麗な着物を着せられていて、地元の人に愛されているようだった。 右に下りユースホステルの前を過ぎれば鎌北湖だ。 |
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| 鎌北湖 | |
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そこではのんびりと釣り人が糸を垂れていた。 旅の終わりに綺麗な湖を見ることができて、なかなかいいコースだったと思う。 ここからは車道を一時間半かけて歩き、東毛呂駅に着いた。 |