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| 027 | 両神山1 | 1991年5月14日(火) | 北秩父 奥秩父 |
管理人の記録 |
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| コースタイム | 日向大谷口→0:40→日向大谷→0:30→会所→1:25→清滝小屋 |
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| 合計歩行時間 | 2:35 1泊2日の山 白井差口は現在通行止め |
| 往路時刻 | 池袋5:38→飯能6:34 6:35→西武秩父7:28 7:35→ 西武観光バス 0494-22-1635 小鹿野役場8:12 8:58→日向大谷口9:46 両神村営バス 0494-79-1122 |
| 復路時刻 | 白井差口7:33 9:11 11:03 14:35 16:18 18:07 両神村営バス 0494-79-1122 |
| 名 山 | 日本百名山 関東百名山 日本千名山 |
| 交通費 | 合計3,270円 池袋⇒西武秩父750円 西武秩父⇒小鹿野役場460円 小鹿野役場⇒日向大谷口380円 白井差口⇒小鹿野役場470円 小鹿野役場⇒西武秩父460円 西武秩父⇒池袋750円 |
| ガイドブック | ◆◆◆◆◆◆◆◆ |
| 前にT氏と奥武蔵の武川岳に一緒に行っていたので、 「今度どこ行く?」という話しになった。 百名山の本をひっぱり出してきて、近くてインパクトのある山容の 両神山に決定した。 小屋泊まりは経験がなくいろいろ制約がありそうなので、 テントを担いで行く事になった。 また清滝小屋は1989年12月に焼失したようで、 再建されたという情報も無かったのでテント泊になった。 どんなメニューにするか二人で相談した。 この作業は、なかなか楽しかった。 初日の夜は焼肉と野菜炒め、翌朝食はごはんとレトルト食品、 昼食はとんこつラーメンということになった。 そして、テント用品はT氏、食料は僕というように持ち物は 分担することにした(T氏のほうが体力があったため)。 今までのデイパックではとうていテントは入らないので、 行くことを決めた週の日曜日、 T氏に誘われ池袋にザックを買いに行った。 最初SRCに行ったがいいものが無く、 秀山荘で70リットルのザックを買った。 T氏は気にいったのが無いらしく、新大久保のICIに行った。 そこでT氏はICIオリジナルのザックに目を付け、 係の人にいろいろ説明を受け、実際に背負ったりして、 買うことを決めた。 そのとき僕は「俺もこれにすれば良かった。」 と思ったが口にはしなかった。 登山靴は写真を見ると、5月5日の有間山で履いているので、 4月頃買っていたと思われる。 休日は混むだろうと思い平日の14日に行くことを決めた。 (僕はその頃、山に大勢人がいるのが嫌だった。) 3月19日(火)4月3日(水)4月17日(水) 4月30日(火)5月5日(日)と両神山に備えて、 奥武蔵に出かけている。 池袋から西武線で西武秩父まで行き、 そこからバスで小鹿野役場まで行き、またバスに乗り換え、 やっと日向大谷口に着いた。 ここまで約4時間半かかっている。 見渡すと付近に民家は無く、 登山者の為に走っているようなバスが林道に止まっていた。 重い荷物を背負うと僕らは歩き出した。 「ここまでバスが来たのだから、 もっと先まで行ってくれてもいいのに」 と早くも、弱音を吐いてしまった。 ヘアピンカーブで高度を稼ぐと登山口が見えてきた。 登山届のポストがあるので、中を除くと天理岳を登る ハードコースな登山計画書が入っていた。 民宿が見えてくると、今夜はここに泊まりたくなってきた。 2時間かけてやっと会所に着いた。地図を見ると、 なだらかな道に見えたが実際登ると、 テントを担いでいるのでかなりきつい。 僕はバテて来たので、T氏に先に行ってもらう。 ザックが肩にくいこんで痛い。 今までに体験したことの無い辛さだ。 少しずつゆっくりと歩くと、 弘法の井戸にやっとの思いで着いた。 ここまでくればあとわずか。今夜の夕食の為にガンバル。 そしてついに清滝小屋に着いた。 小屋は再建されたばかりのログハウス調だ。 テントを張るのは僕等だけみたいなので、 一番いいところを選ぶ。 普通は2時間半で来るところを倍以上の 6時間もかかってしまった。 余裕をみて計画して良かった。 なにはともあれ第1段階終了。 飯の仕度にとりかかる。 お米を砥いでいるとさっき下から上がって来た人が 近づいて来た。 「一人で寝るのは寂しいし、無料で泊まれるよ」 と誘われたがこっちは6時間も掛けて下から テントを担ぎ上げているので、 とても小屋に泊まる気にはなれなかった。 ご飯は芯があったけど、山で食べる焼肉は 本当に旨かった。 「また今度どこかに行った時は焼肉にしよう!」 と僕等は誓い合った。 |