06年9月の独言日記

2006年8月31日 木曜日 晴れ
武蔵野線物語パートU
今日は珍しく、彼女が僕の隣に座った。
どうやら、北朝霞の乗客が少なかったらしい。
コトン、コトンという一定のリズムは、眠気を誘う。
昨夜も、山の研究で時を忘れていたので寝不足だ。
いつの間にか眠っていた。
荒川を渡る鉄橋で轟音が聞こえた後、ポイント通過のために、武蔵野線は大きく車体を揺らす。
今はさいたま新都心になっているかつての操車場へ伸びる路線がここから分かれるためだ。
どういうわけか、通行量の多い本線にRが設けられている。
車内アナウンスは「揺れますのでご注意ください」と決め台詞を吐く。
ある程度減速しているとはいえ、遠心力により車体は大きく左右に揺れる。

その時僕の肩に彼女がもたれかかるのを感じた。
僕は何事もなかったかのように、そのまま捨て置いた。
彼女の髪が揺れるたびに僕の頬を擦りくすぐったい。
それにほのかなシャンプーの良い香りがする。

このまま時が止まってしまえばいい…。

僕はこのまま彼女を起さないことに決めた。

南浦和で、下車して会社に向かわなくてはならないのだが…。
相変わらず彼女は起きないので、そのまま座ることにした。
発車音が鳴り、ドアが閉まる。

もう会社なんかどうでもいいや。
毎日毎日同じことの繰り返しに飽き飽きしていた僕はそう思った。

東浦和を過ぎ、東川口を過ぎた。
彼女はまだ起きない。
眠ったふりをしていた僕は、いつの間にか眠っていた。

すると突然、ズボンを引っ張られ、目が覚める。
何事かと、思ったが、そのまま引きずられるように車両から降りた。
目の前には彼女が立っている。
どうやら、彼女の服が僕のズボンのポケットのファスナーに引っかかってしまったらしい。
「ごめんなさい」はほぼ同時だった。
僕の顔が赤くなっていくのが分かる。

ファスナーを開くと、引っかかっていた服は簡単に取れた。
なんだか少し寂しいような…。
真っ赤な顔をした彼女は、名詞を差し出すと階段を駆け上がって行った。


(≧∇≦)
って妄想っすよ!
事実を元にしたフィクションです。
いや〜俺は、なんて恥ずかしい妄想をしているんだろう?

毎朝、同じ車両の同じ座席に座っているとこういうことになるのでしょうか?
いつも僕の目の前には、二十歳くらいの女の子が立っております。
彼女は僕が南浦和で、必ず下車するというのを知っているのでしょう。
だから僕の目の前に立つのです。
ただそれだけのことです。
山のお話
昨日、肝心要な沢を取りこぼしていた。
小金沢と黄蓮谷。
小金沢はその昔、黄金沢とも呼ばれていたそうだ。
沢の底に、黄金が眠っているという伝説があるが、まだそんなものが見つかったという話は無い。
かつて何人もの山師が、伝説を頼りに金脈を探ってみたが、貧鉱ばかりだったそうだ。
またこの沢は魔物が住むともいわれているが、これは夜盗などから盗掘を避けるための伝承であると思う。

黄蓮谷は、芹に似た漢方薬にもなる黄蓮があることに由来するらしい。
調べて見ると、確かにオウレンはキンポウゲ科の植物で、花は3〜4月に割と早い時期に咲く。
黒岳一帯にあると、岩科小一郎著 大菩薩連嶺に書いてあるが、僕はまだ見たことがない。
なぜかというと、花の咲く時期に歩いたことがないからだ。

黄は、黄金のように金やお金と関わりがある。
また土の意味もある。
この沢も、金鉱脈に関係ある沢と推測されるが、そのような話はどの文献にも書いていない。

大菩薩連嶺一帯には牛の形に金が埋蔵されているという伝説もあるから、黄蓮谷で金が出てもおかしくは無いはずである。
牛の形がどう当てはまるのかまだ勉強不足であるのが悔しい。


黒嶽山のダケについて少し調べてみた。
地名語源辞典には岩の露出のはなはだしい岩山で、木の少ない山。崖を意味する。
とある。
これには誰もが納得するだろう。
岩の露出した険しい山は大概、嶽又は岳の字が使われている。
しかし、わざわざ山の字を後に付ける例は他に知らない。
何度かこの山を歩いたが、由来の通りコメツガなどの黒木に山全体が覆われているのである。
小金沢山から縦走した時に、黒岳の手前に大岩を見つけたが、樹林に囲まれていて、山頂から離れているために、この岩のために嶽の字があてられたとは考えにくい。
(下の写真)
嶽の理由?
金、鉄、鉱山など、金属伝承にかかわる語ではないかと調べてみたが、かかわりは無さそうだった。
まだまだ勉強不足である。
嶽の字はやはり謎だ。

2006年8月30日 水曜日 晴れ
昨日はほんのさわりの部分だったのだけど。

赤、白、黒の関係性を調べるとかなり深くなりそうだ。

赤のことから考えてみよう。
日本的に、赤は朱や紅だろう。

神社の鳥居は、朱色が多いし、本殿も朱色が多い。
世界遺産の厳島神社は、目の覚めるような朱色である。
厳島神社
壁はやはり白でないと引き立たない。

次に紅を考えてみよう。

年末にやるのは、紅白歌合戦。
運動会は赤組と白組に分かれる。
結婚式は、紅白が縁起が良いとされている。
紅白饅頭とか。

白と赤の関係は日本人には切っても切れない関係らしい。

基本的で、もっとも分かりやすいのが、日本の国旗ではないだろうか。
あれこそ、白と赤の関係性をもっとも良く表していると思う。

赤と白と日本人の関係…。
みたいな専門書があればすぐに買い求めたいんだけどね。
探してみよう!

日の丸といえば、日の丸弁当だね。
白いご飯の中心に、赤い梅干が一個。

梅干が出てきたところで今日の日記に行ってみよう!(≧∇≦)
最近の若者は?
新座駅に着くと、車内アナウンスが流れた。

お客様にお知らせいたします…。

午前7時ごろ、南流山駅で人身事故が起きたらしい。
武蔵野線は、新座から動かなくなってしまった。

10分ほど経つと、女子高生が乗り込んできて、僕の隣に座った。
暇を持て余したのか、その子は、大きな青いカバンの中から、何かを取り出した。
ガサガサという独特の懐かしい音は?
銀紙を擦る音だ。

チラリと横目で見ると、やはり中にはおにぎりが入っていた。
その子は、おにぎりを二つに割ると、中身を確認。
具は真っ赤な梅干であった。

しかし、その子は食べずに、見ちゃいけないものを見たかのようにカバンの中へしまった。
もう一つカバンの中から取り出すと、今度はオカカだった。
醤油の色がご飯に染みて、茶色くなっていておいしそうである。
それも食べずに、中身を確認しただけで、カバンの中へ入れてしまった。

恐らく親のしつけが良いのだろう。
通勤電車の中で、食べ物を口にすることは恥ずかしいことだと良く分かっている。
想像すると、いつも寝坊するわが娘のために、母親が朝食代わりにおにぎりを作って、娘に持たせたものなのだろう。

30分も止まっていると、ようやく電車が動き出し、北朝霞でその子の友達らしき子が乗り込んできて話を始めた。

「もうさあ、超最悪なんだけど〜(怒)凸(´口`メ) 」

話を聞いていると、おにぎりの具が梅干だったことに落胆し、怒りを覚えているようだ。
「せっかく母親が作ってくれたのにそりゃあないんじゃないの?」
と突っ込みを入れたかったが、恨みを持たれて、痴漢呼ばわりされたら大変なので、眠ったふりをして、さらに耳を欹てた。(そばだてる:意識を向ける)

「学校の近くにコンビニ無かったっけ?」

哀れ…。
お母さんの作った梅干おにぎりはコンビニのゴミ箱行きが決定してしまった。
そして、工場で量産されたおにぎりを彼女は購入するのだろう。

一般的に市販されている梅干は、合成着色料や保存料まみれだ。
だから、賞味期限の表示もあるし、時が経てば腐ってしまう。

僕から見れば、保存食である梅干に賞味期限があるのはおかしいし、腐るのもおかしい。

僕が小さい頃、山形出身の祖父母と暮らしていたのだが、この祖母の作る梅干はとにかくすっぱかった。
梅干一個でご飯2膳はいけてしまうくらいである。
手作りだから家庭の味なんだろうけど、寒い地方の人は、なんでもかんでも塩辛くしてしまうようだ。
歯ごたえは、カリカリとしっとりの中間くらいで、皮は歯ごたえがあったが、果肉はしっとりとしていた。
市販の梅干では見たことが無い。

あのばあちゃんの作っていた梅干は、テレビや広告の梅干を見るだけで、唾液がダラダラと流れるほど、鮮明な味の記憶として残っている。
きっと、あの女子高生は、手作りの梅干を食べたことがないのだろう。
僕から言わせれば、市販の梅干はまずくて食えない。
いや食えるから食えないと言ったほうがいいだろう。

減塩ブームだかなんだかしらないが、あんな味の薄い梅干は梅干では無いのである。
塩が少なければ、当然品質も落ち、保存料や着色料の出番となるのである。
そんな、添加物の塊のようなものは口にできない…。

本物を求めると、かなり高額なお金を出さなければならない。
お隣の韓国でも、キムチを作れる家庭がかなり減ってきているという。
僕の好きだった玉ちゃんもキムチどころか料理もまったくダメだった。

ニセモノの梅干が氾濫している世の中では、今の若者が梅干嫌いになるのも無理の無いことだ。
あの女子高生の舌は正しいといえよう。

いつか、市販されている梅干は、忘れられてしまう日が来るかもしれない。
梅干の消滅は、日の丸弁当の消滅…。
それは国家存亡の危機なのである。

ちと大袈裟だったかな…。( ´ー`)
まあ、梅干の話は置いといて…。
今日は長いよ〜。

次に白と黒の関係を考えてみよう。

これはあんまり事例をあげることができないけれど…。
囲碁の碁石は白と黒。
オセロは白と黒。
ゴマは白胡麻と黒胡麻。
勝ち負けを白星、黒星。
葬式の喪服は黒いし、幔幕も結婚式と反対で黒白だ。
葬式の時は幔幕とは言わないかもしれないが。

まあこんなところか…。
「色と日本人の関係」なんて本があれば読んでみたいね。

「谷有二著 富士山はなぜフジサンか」という本が届いたのでパラパラめくっていると、やはり色についての記述があった。

赤城山はその昔、黒穂の嶺と呼ばれていたらしい。
最高峰の黒檜山に黒が残っているからなるほどと思ってしまう。

そしてやはり出てきたのが、黒川鶏冠山。
この黒は金の存在を示していると書いてある。

黒川は、金の存在を示す暗号のようなものだとすると、黒は金。
川は鉱脈と読めるのである。
黒川=金鉱脈!?
金鉱脈という地名にしたら、日本全国から山師や夜盗の類が押し寄せてきて荒らされるから黒川という地名になったのかもしれない。

黒川の名の由来については、今まで色々な本を読んだが書いていない。
となれば僅かな手ががりを頼りにこちらで予想するしかない。

大菩薩連嶺全体が、豊かな鉱物資源を持っていると仮定してみよう。
南西のブドウ沢は、ブドウは窪地を意味し鉱脈のある沢ともいわれている。
葡萄沢峠の別名一本木峠。
柳沢峠東のピークは昔、東嶺と呼ばれていたが、三本木の頭が正しい。
黒川鶏冠山へ分かれる場所は六本木峠と呼ばれている。

一本木、三本木、六本木。
と似たような地名が、集中しているのである。
一本木だけなら、「ああ、松が一本だけ立っていたのだろう」と想像できるが、1、3、6の数字の並びは、どこか異常である。

思うに、これは坑道の数、或いは坑口の番号を示していると思われるのだ。
もしかしたら、この辺りに含有量の多い良質な信玄の隠し金鉱が存在していたのかもしれない。

南にたどれば、大菩薩嶺が丹波山側では大黒茂ノセリなどと呼ばれていたのは、大金鉱脈のあった証ではなかろうかと思う。
さらに南に、黒岳があり、これは昔、黒嶽山と呼ばれていたのだ。
嶽も山も同じような意味なのに、黒嶽でも黒山でも無い。
そうすると、嶽は岩のある山の意ではなくなってくる。

黒はなんらかの金属に関係するとなると、嶽の意味は?
僕の推理はここで行詰る。

こういう謎解きは、別のことを調べていれば、ひょんなところから解明されるものだ。
黒嶽山のことは一旦忘れよう。

ここに述べたことはあくまで、一個人の推理、仮定、想像に過ぎない。

一般的には大黒茂ノセリも黒岳も黒木の茂る山だからという説で通っているようだ。
谷有二著 富士山はなぜフジサンか 山と渓谷社
富士山以外の山のことも載ってます

2006年8月29日 火曜日 晴れ
久しぶりのお日様だね〜。
もう夏も終わりだと思ったのに、頑張っちゃって。
昨夜は結局、2時くらいまで、深夜番組を見てしまいました。
ああ、なんて時間の無駄…。

今日は帰宅してシャワー浴びてPCにすぐ向かうことにしました。


山中襄太著 地名語源辞典が届きました。
待ってたよ〜。
黒岳、赤岩ノ丸、白谷丸の三つの山の関係の謎がだいぶ分かってきました。
赤⇒明け⇒白で関係があり、東の空が明けて白みはじめるのと、朝焼けが赤いのとで関係があるのだそうだ。
ラテン語のaquaと同源らしい!?
何やらグローバルなことになってきたぞ〜。

黒は中央アジアではkaraというらしい。
パキスタンのカラ・チ、カシミールのカラ・コルムのカラは黒で、黒い町、黒い石地の意味だそうだ。またクロはツングース語で山を意味するという。

語源については、研究する者が少なく、まだ確立されていない分野で、完全に解明した学者はいないそうです。。
未開拓の地に足を踏み入れる冒険もおもしろそう。
これぞ男のロマン!

本当に調べたかったのは、天庭峠の由来なんだけどね。
こりは分かりませんでした。

ともかく今、僕が寝る間も惜しんで夢中になっていることは、山名峠名の語源、由来、伝承、歴史です。ワクワク〜(★^▽^)V
地名語源辞典

2006年8月28日 月曜日 曇り
鍋を買い求めました。
古書を買うために倹約しなければなりません。
僕が欲しい本は10万円もするのです。
何度も悔やまれるのは、あの時買った7万円のスーツです。
あんなもの買わなきゃ良かった…。

できるだけ、お店には入りません。
買いたくなってしまうからです。
預金も下ろしません。
財布にお金があると使ってしまうからです。

3連休は遠出したいのですが、我慢しなければならないでしょう。
山は逃げませんが、本は誰かに買われてしまえば、一生手に入らないかもしれません。

いきなり自殺のシーンから始まるドラマを見ました。
視聴者を最初にひきつけてしまおうという手法です。

なんだかCMのようなドラマでした。
涙が零れ落ちそうになりました。
夕食

2006年8月27日 日曜日 曇り
雨が降りそうだったので大菩薩嶺を中止にして、岩殿山へ行ってきました。
やっぱり日曜日は午前中で帰れる山がいいね。
久しぶりにネット検索で遊びました。
雛鶴姫ね。
雛鶴峠はバイクで越える人が多いんだね〜。
神社の場所も分かったしますます行きたくなってきた〜。
でもヤブが無くなる秋以降よ。

21:40にやっと岩殿山のレポが終わりました。
由来の研究に集中できるのは嬉しいけれど。
あ〜眠い。
昨夜の睡眠時間は4時間よ。
また頭が割れちゃうから、今日は早めに寝ようっと。
大月駅
癖だねもう…
雛鶴姫をネットで検索したら以下のお勧めページが出てきたので興味のある人はどうぞ
(★^▽^)V

津久井三姫物語
http://www.shokonet.or.jp/tsukui/html/3hime1.html

気になる姫君たち
http://homepage3.nifty.com/tougepal/himegimi.htm

都留歴史倶楽部
http://www.geocities.jp/yasushinara/index.htm

都留歴史倶楽部 雛鶴姫
http://www.geocities.jp/yasushinara/zinnmeizitenn16.htm

以下は引用文です。

鎌倉市大町の松葉ケ谷まつばがやつにある日蓮宗の古刹、妙法寺はもと日蓮の草庵だったのを護良親王のお子である日叡上人が復興して延文2年(1357)に父君の墓所とした。奥山の150段くらいの階段を昇ると親王の墓塔、又少し離れて上人の母君で親王の愛妾だった「南のお方」の墓塔がある。この方は後述でまたの名を雛鶴姫ひなづるひめとも云い両者は同一人物である。親王の遺骸は鎌倉で極秘裡に火葬され雛鶴姫の従者2名が捧持して先ず横浜市戸塚区柏尾町の王子神社に運んだ。ここには彼等が首を清めたという「首洗い井戸」がある。首は一時本殿の床下に葬られたと伝承される。雛鶴姫は護良親王の霊魂を京都へ帰還させようと、首級を米と一緒に箱に収め、遺骨と共に郎従2名に持たせて、はじめ東海道を辿ったがまだ戦乱の兵馬の往き来が多いので、小田原から引き返して大山経由で神奈川県津久井町青山まで来た。しかし身重だった姫はここで動けなくなりこの地に三カ月と二十日滞在、その間親王の三十五日忌の供養をし、宝篋印塔を建てて親王の遺品をおさめた。以前、この地に親王の三十三回忌を期した、応安4年(1370)の銘をもつ千部塚と呼ばれる宝篋印塔があって、明治3年(1870)には土地の臨済宗の名刹光明寺によって五百年忌の法要が行われたと津久井町郷土誌は伝えている。西に向かった姫一行は年末に山梨県秋山峠に差し掛かり、民家に助けを求めたが「大晦日で忙しい」と誰も相手にしてくれない。そして翌元日に峠越えで男児を出産して亡くなってしまう。以後姫を拒絶したこの土地の名を無情むしょう(生)野のと呼び、峠の名を雛鶴峠と呼ぶ。姫への仕打ちに対する神の怒りを恐れて村では正月に松のかわりに樒しきみをかざる習慣が出来たという。生まれた子は都連王つづれおうと名づけられて、この地で養われたが12才で病死した。山林の中腹に地元の人たちが供養に建てた姫の墓があり都連王も一緒に葬られている。そして親王の遺骨もここに葬られたのではないかと思われる。奥の山頂には姫を祀った雛鶴神社がある。郎従の一人は都連王についていたが、病気になったため姫の墓前で自害したという。山梨県秋山村朝日馬場の石船神社は日本最古の復顔術を用いて護良親王の御首級を保存しているといわれるが常時は非公開。雛鶴姫に関わる以上二つの史蹟は昔の鎌倉甲州道、今の県道35号線に沿っており、姫が京への旅を画していたことを窺がわせる。また相模原市淵野辺附近には淵辺義博にまつわる伝承が多い。
(H16/08/04、佐藤直行 記)

護良親王は第96代後醍醐天皇の皇子で、大塔宮(だいとうの宮あるいはおおとうの
宮)と尊称されたが建武中興の直後、父天皇とともに時の幕府と対立したため、足利
直義(ただよし)に捕らえられ、建武2年(1335)鎌倉の牢で首をはねられた悲運の
皇子であった。
 首をはねられた時の親王は、あまりの無念さから、刺客となった渕部義博(伊賀守)
を睨みつけたまま死んでいったため、義博はその恐ろしい親王の首級を、足利直義の
前へ差し出すことができず、牢獄の近くの竹薮に捨てて逃げ去ったといわれる。たま
たまこれを知った親王の寵姫(南の方)の錐鶴姫(北畠親房の娘)が、数人の縦者と
ともにその首級を探し出して鎌倉を逃れ、相州(神奈川県)の河合を経て甲州秋山に
入って桜井の裏山にある王沢で一休みしたあと、古福志の四ッ堂に7日間逗留し、その
のち神野沼田から王野入屋敷を経て無生野へたどりついたといわれている。
 無生野へたどり着いたころ雛鶴姫は、すでに親王の御子を宿していてしかも臨月の
身重であった。当時無生野には人家も少なく宿を乞う家も見当たらないまま、姫は権
田橋のたもとで野宿中産気づいてしまったので、従者たちは近くの木の枝や葉を集め
て産所をつくり、その中で王子を分娩した。その王子の名は綴連(つづれ)の王子と
いった。伝説では以上のような筋書きをたどっているが、その後の語り伝えにはいろ
いろの内容があって、
 1.難鶴姫は産後すぐ他界し、王子も間もなくはかない命を絶った。
 2.王子はしはらく生存したが幼児のうちに他界し、雄鶴姫もそのあと間もなく他界
  した。  
 3.姫は産後間もなく他界したが、王子ほ12〜3歳まで生存して他界した。
とまちまちであるが、いずれにしても土地の人たちは哀れな運命にさらされた姫と王
子の霊を慰めるため、以来念仏講を立てて冥福を祈ったといわれ、これが無生野大念
仏の起元になったといわれている。
 秋山村に向って県道沿い雛鶴峠にさしかかったところに神社の入口があり、約500m
入ると、山裾にある。
 祭神は、雛鶴姫命・神直天日命・大直天日命を祀り、祭礼は、4月20日に行なわれて
いる。
 御神体は護良親王、雛鶴姫の守護神であった水神様の木像であると伝えられ、「弘
仁9年(818)空海奉作之」と記してある。社の傍に姫を埋葬したという塚があり、ま
た、雛鶴姫の供をした藤原宗忠、馬場小太郎二人の従臣のために植えられたという老
松が2本あり、「お供の松」と呼ばれていたという。

2006年8月26日 土曜日 曇り
昨夜は、アップしてからすぐに寝たわけだけど、21時に友人がやってきてしばらく話をしました。
友達って何?
みたいなテーマ。

学生の頃は、言いたいこと言って、喧嘩になったけれど、すぐに仲直りして。
でも今は、お互いに傷つけ合うのを恐れている。
だからほんとうのことはお互いに言えない。
傷の舐め合い状態だ。

それがやさしさ?
それが友情?

きっとこれが大人になったってことなんだろうね。
大人ってつまらない…。
そんな友達付き合いは、ただの名詞交換となんら代わらない。
大人の友人としての付き合いは上辺だけだ。
本音を言えば、喧嘩になる。
喧嘩は面倒だ。
遺恨やシコリを残すから。

傷つきたくないから傷つけたくない。
自分を守るため?

大人になってからの友達は友達と呼べるのだろうか?
ただの付き合い友達、飲み友達と言うべきだろう。
きっと本当の友達と呼べるのはほんの一握りしかいないはずだ。
0時に友人が帰って、泥のように眠りました。
あ〜苦しい眠りだったなあ。
今日12時に起きて、柳沢峠〜寺尾峠までの研究をしました。山名由来

通販で本が三冊届いたんだよね。
山岳語彙と日本山岳案内 北アと八ヶ岳。

とりあえず頭痛は治りました。
これからお風呂に入って、ご飯を食べて、明日は大菩薩へでも行こうかな?16:45。
夕食

2006年8月25日 金曜日 晴れ
うう…。
夏の疲れが出たのか頭が割れそうです。

明日は雨だし、山はお休みしてゆっくり養生したいと思いまし〜。
書きたいこともあったけれど、本日はこれまで。

2006年8月24日 木曜日 晴れ一時雷雨
なぜか太平記がマイブーム?
昨夜は日記をアップした後。
NHKの大河ドラマ 太平記を見てしまいました。
総集編だから細かいとこは、ナレーションで省略されているけれど…。
何度見ても、おもしろいね〜。
大河の中では一番好きかな。

真田広之若〜い!沢口靖子かわいい!
放映はいつだったんだろう?

第一部から四部までありますが、やっぱりおもしろいのは、第二部の倒幕です。

東勝寺の北条一門の切腹シーン。
は何度見ても、涙なくしては見れません。
思わず目を塞いでしまいます。
栄枯盛衰だよね。

つるちゃんの高時、フランキーの長崎円喜は、はまり役だと思います。

結局見終わったのは日付が変わった時でした。

ドラマのほうが、史実に近いんだけど、この演出は嘘だろ〜〜〜!
と思うようなシーンも何度か出てきてね。
不満ですが…。
史実に忠実すぎるとドラマとしておもしろくないのでしょう。

例えば、護良親王…。
そういえば、ドラマでは「もりよししんのう」って言ってましたね。
淵辺伊賀守は淵部伊賀守になってるし。
どちらが正しいのやら?

それで話を戻して、護良親王が幽閉されているのは、薄暗い岩穴のはずなんだけど、庵みたいな場所に軟禁状態なのはおかしいだろ〜。
あれだったら、闇夜に紛れて逃げることが可能だよ。

尊氏が、新田軍討伐のため出陣の折…。「南無八幡大菩薩 我らにご加護を」と言っているのですが、八幡太郎義家が大菩薩峠で叫んだという伝説と関係ありでしょうか?
( ´ー`)フゥー

前置きがだいぶ長くなりましたが、ようやく大菩薩につながったよ〜。

大菩薩の由来はたくさんあるんですけどね。
妙見説とか観世音説とかね。
手を付けるのが恐いくらい、奥が深いんですよ。

先日の寂ショウ尾根の下りで、暗くてあまりにも恐かったので、南無八幡大菩薩とブツブツ言いながら下りました。
神のご加護にすがるしか無かったのです。
マジで恐かったんですよ。
考え方次第なんだろうけど、神のご加護があると思えばこそ、夜道を下れたのだと思います。

2006年8月23日 水曜日 晴れ一時雷雨
いい国作ろう…。
と言えば、1192年の鎌倉幕府開府ですが。
誰でも知ってるよねえ。

一味散々…。
は西暦何年のどんな事件でしょうか?
答えは一番下です。

今日はね仕事中ずっと雛鶴姫のことを考えておりました。
あまりにも酷い…。

花魁淵、稚児落しに並ぶ、郡内地方三大悲話の一つになるのではないでしょうか?
時代が違うけどね。

護良(もりなが)親王って誰?
という人もいると思いますので、短く解説しましょうね。

元弘4年1月…。(1334年)
鎌倉幕府滅亡の翌年、年号が建武となり、大内裏の造営が開始されます。(建武の新政)
後醍醐天皇の第三皇子、護良親王1308〜35は、足利尊氏(高氏)と対立していました。
護良親王は兵を集め、尊氏を誅伐する機会をうかがっていましたが、このことは尊氏側に察知され、尊氏は帝の寵妃・廉子を通じて、護良親王に謀反の企てありと讒言したのです。
護良親王が帝位を奪う企てをしていると知った帝は、護良親王を流罪にするよう命令します。
3月5日に護良親王は捕らえられ、尊氏の弟の足利直義の手に下され、鎌倉の二階堂に幽閉されてしまいます。

それからしばらくして、信濃に隠れていた北条時行(高時の遺児)が蜂起し鎌倉に攻め入りました。
建武2年1335年7月16日。
不利を悟った足利直義は淵辺伊賀守に護良親王暗殺を命じます。
半年余りも幽閉されていた護良親王はすっかり足腰が弱っていて、淵辺の刀を膝に受け、倒されます。
その時、太刀の先を食いきって死んだということです。

この様子を見守っていたのが、護良親王の侍女です。
太平記では、足利尊氏・直義兄弟が護良親王を殺害したことを侍女が京へ上り、後醍醐天皇に報告したことになっています。(後醍醐天皇と足利尊氏の対立のきっかけとなった)

この侍女は南の御方と呼ばれ、護良親王の鎌倉下向にただ一人従って、身の回りの世話をしていた女房。
藤原保藤の娘・真按察使典侍(しんあぜちのすけ)であるといいます。


さてここでミステリーとなります。
侍女が一人だと、雛鶴姫と同一人物だとは思えません。
もし南の御方が雛鶴姫だとすると、話が食い違ってきます。

南の御方は京まで上って帝に謁見しています。
雛鶴姫は、護良親王の首を追って、無生野付近で子を産み死んだことになっています。
どちらが正しいのでしょう?
太平記は、宗教色の濃い作品ですから、史実と違うことも書いてあります。
伝説による雛鶴姫は、侍女なので、護良親王と交わり妊娠したとは信じられません。

ああ!
ますますドツボにはまってしまいました。
謎が謎を作りだす〜。
まあ、侍女が護良親王と関係を持った可能性はあるにしても…。
侍女に侍女がいたとか?
誰かが姫に成り代わって帝に報告したとか?
そんな理由は苦しいなあ。



答え:1333年の鎌倉幕府滅亡
夕食
ああもう!
難しいこと考えてたら腹げ減ってきちゃったよ〜。
最近は料理するのも面倒なので、賞味期限切れのカレーうどんを食べています。
こんなんでいいのか?
俺の生活…。

2006年8月22日 火曜日 晴れ
郵便受けに、「島田武著 甲斐の山々 朋文堂 昭和17年5月10日発行」が届いておりました。
通販で2785円です。
穂高さんで買った秋川流域の山々は1300円ですから、いかに穂高さんが安いかが分かります。まあ穂高さんのほうが状態は悪いのですが、僕は装丁状態を気にしないので、読めればいいのです。

なかなかおもしろいことが書いてありますよ。

杓子山から天狗山を経て鹿留山の頂に立ち帰路は天狗山に引き返して立塚峠(立ノ塚峠)に出て二十曲峠の下降を行って石割山、大平山から大出山を経て山中に下るのであるが、鹿留山は、シシは鹿の古語でシシゴロシの意、この山に群棲した鹿の害を防ぐべく工夫してこの山名が起きたものであろう。
富士と山中湖との組み合わせがこの山の身上である。

出典:島田武著 甲斐の山々 朋文堂 P33

子ノ神は天狗山って言われていたんですね。
あ、興味の無い人は読み飛ばしてくださいね。
日記に山のことを書くのは反則なんだけど、書きたい気分なんで…。

「留める」は仕留めるっていう意味だったんだね。
辞書にはうちとる。うちはたす。とあります。

考えてみると、日本山岳ルーツ大辞典はけっこういい加減なことを書いてあるんだよな。

「日本鹿の住む山だが、かつてその鹿を捕ることを禁止(留)されたことを示す山名。」

ってまるで逆のことが書いてあるよ。
言わば机上の空論てやつだね。
頭の良すぎる学者が考えるとこんなことになる。

でもその辺がおもしろいんだけどね。

もう一つおもしろそうな記事を紹介しましょう。

建武中興の大業も空しく、護良親王は逆賊のために殺され給い、親王の侍女雛鶴姫は近臣松本宗忠の奉じた親王の首級の御跡を追い、小田原から津久井に入り秋山村を経てこの地に着いた時、姫は陣痛を催されたので民家に一夜の宿を乞うたが、大晦日のこととてどこでも応じてくれない。
止むを得ず木陰に雨露を凌ぎつつ一王子を分娩して、短い一生を終えられてしまった。
翌正月元旦、村人は姫の遺骸を松の木に乗せて峠の向こう側に運び去ってしまった。
以来この里を無情野と呼びそれが無生野と代わった。
王子は後に綴連王と申し上げたが、甲歳12歳薄命の生涯を終えられたので、さすが無情の里人も哀れに思い姫と共に合祀し奉ったのだという。

神社から峠へは一時間あまりにして曽雌につく、その途中に姫の墓と言われる古塚がある。
曽雌から朝日川に沿って下って行くと、朝日馬場に出る。
ここに護良親王の御首級を祀った石船神社がある。
朝日馬場から富士山麓電鉄の禾生駅には、約一時間半を見れば出られるから大月に出て新宿へ帰る。
新緑の頃は目もさめるばかり美しい峠歩きができる。

出典:島田武著 甲斐の山々 朋文堂 P10

日向舟とヒカゲ舟っていう山?があるんだけど、山と言わずに舟というのは、この伝承に関係があるみたいだね。石船神社に行ってみたくなったなあ。

レポが完成したから、こういうのをやりたいんだよね。
地名考証っていうのかな。

2006年8月21日 月曜日 晴れ
会社に行く前に、ジャーの中を見てみると、金曜の夜に炊いたご飯がドロドロのグチャグチャに腐っていました。
3合の米がもったいな〜い!
意に反して外食ばっかりだったからね。
古本の買いすぎと山の行きすぎで今月の支出が予算オーバーとなっておりやす。
月末まであと10日か…。
そば食ってがまんしよう!
そうなると次の週末の山は近場になりそうだね〜。
どこがええかな?
お金が無くても山だけはしっかり行くんだね、俺は…。
たまには家でのんんびりしたら〜?
でも天気がいいと家でじっとなんかしていられない。

ともかく徹夜でレポ作って会社に行って、眠いので今日はすぐに寝ます。
おやすみなさい。22時半。(mー_ー)m.。o○ zZZZ

2006年8月20日 日曜日 晴れのち曇り
まずは昨日のお話から…。
とあるネット仲間たちとタクシーを相乗りして、湯ノ沢峠入口へ向かい、一人は湯ノ沢峠のお花畑で一人は大谷ヶ丸で別れました。
今回で3回目の相乗りですが、最初から最後まで一緒に歩かないで、タクシー下車したら自由行動というのがおもしろい。

マツムシソウを期待したお花見ですが、ほとんど咲いておらず、代わりにタチフウロがたくさん咲いておりました。
マツちゃんはどこへ行ってしまったのかね〜?
鹿に食われた?
今年ははずれ年…。

一旦持病のクスリを処方してもらうために、東所沢へ帰りますがクスリ屋は休み…。
肩を落として、阿佐ヶ谷にある穂高書房さんへ行きました。


土日はやっぱり混んでいた。
お店の中には先客がいて、なにやら話しこんでいる。
しかし、ここまで来て帰るわけにもいかないので、めげずに「こんちわ〜」と声をかけて入店。
さっそく物色を開始。
小野幸 奥秩父の山々
東京瓦斯山岳部 秋川の山々
眞鍋健一 日原を綴る山と谷
を店主に聞いてみるが、「最近は見ないなあ」という返事が返ってきた。

その他にも男性客が一人やってきて…。
店内は、山手線状態に。
うう身動きが取れないよ〜。
しかし、ここで引き下がったら、何も買えないので我慢して、焦りながらも「どうしよう?」と困った顔をすると、その男性はどこかへ行っってしまった。
しばらくすると、先客も帰りようやく僕の番?が廻ってきて、店主が本が無いのを申し訳なく思ったのか、2冊のふる〜いガイドブックを差し出してきた。
店主には僕の好みがバレバレである。
「あんまり本の内容変わってないよ」と言われつつも、本の山を探す俺。
貴重な3冊の本を探し出すことができた。

「内田正雄 秋川流域の山々」は「東京瓦斯 秋川の山々」にも引けをとらない?
というか文面がまったく一緒なんですけど〜?
どういうことだろう?
まあいいや、購入しよう。
「谷有二 続・日本山岳伝承の謎」を発見!
店主によれば、この人は同じようなことばかり書いているので、あまりいい作家では無いらしい。僕はこの人の本を買い集めて、5冊になったが、どれも書いていることは似ている。
違う本なのに内容が同じだと確かにがっかりしてしまう。
しかし、どれだけ内容が似ていようと、やっぱり買わずにはいられない。

店主も知らないような本を本の山の中から探すのはおもしろい。
「おお!こんな貴重な戦前の本が〜〜〜!」
店主に見せると店主もびっくり!

「原全教 松井幹雄 岩科小一郎」と店主が名前を列挙したが、僕はどれも「持ってる、持ってる、持ってる」と答えるしか無かった。
興味持てる本も提示してくれたが、今回はお金が無いので、次回買うことにした。

「ほんとにボロボロで申し訳ない」と謝りながら店主は本を袋に詰める。
半端な金額を割り引いてくれて6000円となった。

再び中央線に乗り、千駄ヶ谷で下車する。
大江戸線の駅を探すと、国立競技場前という駅名だったので分かりにくかった。
大江戸線は小さな車両で通路に人が立つと、もう誰も通れなくなってしまう。
手を伸ばせば、天井に手が付いてしまう狭さだ。
十番祭りで車内はメチャ混み。
麻布十番で、ほとんどの客が下車。

引越し祝いのビールなどを買って、友人宅へ向かう。
デザイナーズマンションというやつだろうか?
稲妻型に切られた出窓はカウンターになっていて、酒を酌み交わしながら、夜景を見ることができる。
ここは家なのだろうか?
王様のブラ○チでも紹介された家らしい。

友人たちが集まり、酒宴となった。
久しぶりの友人たちと会うのは、同窓会気分。
酔っぱらって、窓を眺めると、下々の民の生活を見下ろすことができ、気分は殿様だ。
ああ〜東京タワーの見える家に俺も住んでみて〜な〜。
でも今の東所沢の家賃の5倍なのだ。
無理〜!
友人たちの中で都落ちしてしまったのはオイラだけ。
やっぱりオイラは負け犬だ〜!
それにしてもオイラの周りの友人たちって隠れセレブが多かったんだね。

俺には、気ままな田舎暮らしが似合うのさ。
それにしても、遊びに行くと言って、都心まで出かけるのがほんとに大変になってきた。
俺は都会には住めない。
人ごみが嫌いだから。

そんな黄昏に浸って、東京タワーを眺め、帰宅すると自宅に着いたのは22時半だった。

お風呂に入ったりして、日付が変わった午前2時にようやく眠ることができた。

何度か電話がかかってきて起されたが、18時まで約16時間寝ていたことになる。
今度は別の友人から電話がかかってきて、東所沢駅に向かった。
彼は、昨日車で甲子園に行って、高校野球を観戦して大阪見物をして帰ってきて、5時に帰宅したそうだ。
3時間ほど寝てから、仕事をして、合気道の道場へ行き、東所沢へやってきたという。
俺にはマネのできないハードスケジュールだ。

三峯亭でロースニンニクかつを彼から御馳走になり、今日最初の食事とした。
いきなりとんかつを胃袋に流し込むのはどうかと思ったが、夜だしまあいっか…。

さあこれから昨日のレポを作るぞ〜。
南大菩薩 穂高さんで買った本 友人の部屋
国道1号線 引越しパーティだぜ 東京タワー
甲子園のお土産 ロースニンニクかつ

2006年8月19日 土曜日 晴れ時々曇り
ほんとはさ今日の日記は今日のうちに書かないといけないんだけどぉ。
南大菩薩の山に登って、穂高書房さんで古本買って、芝公園近くの友人の家に引っ越し祝いをしに行って…。
詳細は明日にして、今日はもう寝ます…。深夜0時。
(-_ゞ ネムネム

2006年8月18日 金曜日 晴れ
九州は大雨らしいですが、埼玉はカンカン照りです。
それこそ、仕事なんかほっぽらかして山に出かけたい天気。
タクシーの予約完了!
明日は、南大菩薩どえす!

去年は8月20日に出かけてるから2日ほど早いんだけど、マツムシソウがそれだけ咲いてるか気になるところです。
それにしても時の経つのは早いものです。
去年のあの時からもう1年ですよ。
まだまだ去年のあのマツムシソウの大群落は忘れられません!

わずか2週間で、満開になるとは思えませんが。
先々週はほんの数株しか咲いてなかったんですよね。
今年は遅いのか、それとも花自体が少ないのか?
9月いっぱいまで、南大菩薩通いが続くでしょう。
そろそろキク科の花たちが咲き始めて、写真整理が一番忙しくなる季節に入って参りました。
去年は、ものすごく大変でしたよ。
レポは14ページもの超大作になりましたからね。

あ〜たくさん咲いていてほしいような、ほしくないような…。
買い物

2006年8月17日 木曜日 雨時々曇り
睡眠時間わずかに1時間です。
5時にアップして、バグ取りに30分。

マジで眠かったっす〜。
どうにか仕事を終えて、お金が無くて、食事がとれない友人と会いました。
まあ僕はささやかな贅沢ができる程度になってきたし、御馳走してやるよ〜。

僕はマーボー茄子定食を食べました。
やっぱり自分で作ったほうが安くできるなあ。

もうすぐ友人が頼んだ塩ラーメンが来るという時に、電話が鳴り外へ行きました。
20分ほどたって、僕はマーボー茄子定食を食べ終えたのですが、友人はまだ外で話しています。
ラーメンのびちゃうよ〜。
麺がどんどんスープを吸ってスープの量が減っていきます。
お店の人も心配し始めたので、仕方なく僕が食べることに…。
こんなことやってるからオイラはやせられないんだ〜。
もう恐くてハカリ君には乗れません。

とにかく今日は20時に寝ることを目標にします。
たまにはゆっくり読書でもしたいなあ。
夕食は、マーボー茄子定食

2006年8月16日 水曜日 雨のち曇り
11時に起きてからずっとレポを作り続けています。
そして…。
レポ3つがようやく終わりました。
もう日付変わってますけど…。
1時間くらい寝れるかな?
( ̄□ヾ) ネムー

2006年8月15日 火曜日 雨のち晴れ
奥多摩・大菩薩・高尾の谷 123ルート 奥多摩渓谷調査団 山と渓谷社 
奥秩父・両神の谷 100ルート 奥秩父渓谷調査団 山と渓谷社
樹木見分けのポイント図鑑 講談社

の3冊が届きました。
先日通販で購入したものです。
これにより、僕の快適な睡眠が邪魔され、予定よりも早く13時に起きました。

奥多摩・大菩薩・高尾の谷 123ルートの本には、大菩薩の沢が紹介されております。
中央線沿線シリーズ第二章として、沢に入らなければならないでしょう。
ってか。
沢登の楽しさに目覚めてしまいました。
いや〜あの、スリルと興奮がたまりません。
どちらかというと、危険なこと大好きなのです。(お叱りを受けるかもしれませんが…)
これも高所恐怖症だからなのでしょうか?
恐いもの見たさ?
ホールドを探しながら、手足を使って登る楽しさ。
超奴級のルートファインディン能力の要求。
難しいからこそ楽しい。
幼い頃に描いていた、冒険心が再び目覚めました。
沢登こそ、僕にとっての冒険なのです。

しかし、沢登りは単独で行ってもいいものなのでしょうか?
もし、事故や遭難があったとしても、発見される可能性はまずないはずです。
特に僕のような独り暮らしは…。
これは慎重に慎重を重ねなければならないでしょう。

あと不安なのは、途中でニッチモサッチモ行かなくなってしまった時です。
沢を下るのは危険ですから…。
右も左も前も、ゴルジュに阻まれていたらどうすればいいのでしょう?

ルンゼって何?
まだまだ分からないことだらけの沢登り。
やってみなけりゃ分からない。

あ〜明日にでも沢に入りたい…。
でもその前にレポを完成させないとね。
夕食
先日金八先生の話をラジオで聞いていたら、秦(はた)氏という古代渡来人の話になりました。
この秦一族は、遠くペルシャから様々な技術を持ち込んだというのです。

畑、機(機織)はこの秦一族が語源で、他にハタで思い浮かぶ言葉を並べると。

旗、肌、裸、叩き、果たす、働く、と多くの言葉が導かれます。
すべてが関係しているとは言い切れませんが。
地名の秦野と関係があるのかもしれません。

日本人になぜ、一重の人と二重の人がいるのかわかりませんでしが、一重の人はアジア系、二重の人はペルシャ系渡来人の末裔とすれば、納得がいきます。
芸能人に二重が多く、また二重のほうが見映えがいいとされているのは、優秀なペルシャ系の血筋によるものなのかもしれません。

2006年8月14日 月曜日 晴れのち曇り
奥白根山へ行ってきました〜。
カニコウモリとマルバダケブキとハンゴンソウの群生がすごかった〜。
山体が黄色くなってるんだもん。
お盆の奥白根山があんなにすごいとは知らなかったなあ。
また来年も行きたくなるう?
朝の4時半に家を出て、21時半に帰宅しました。
3日間のラストに相応しい山行になりましたとさ。

これから洗濯物をして、焼肉パーティーをして、16時間くらい寝ます。
明日から16日までレポ作りで〜す。
( ̄□ヾ) ネムー おやすみ〜。
マルバダケブキ
ハンゴンソウ
ハナイカリ(高山型?) 買い物
今日のハカリ君
体重:56.25kg、体脂肪率:14.4%、内臓脂肪:5、体内年齢:21才、
基礎代謝:1324kcal、筋肉量:45.7kgスコア0、骨量:2.5kg

まあ若干数値が悪くなりますわな。

2006年8月13日 日曜日 晴れ時々曇り
喫茶店は大人の香り?
富士吉田でバス待ち1時間。
仕方が無く、駅前の喫茶店に入ることに。
うわ〜オレって初めての店恐怖症だよ〜。

駅と喫茶店の間をウロウロ三往復もしてしまいました。
神様!
僕に勇気を…。

ガラスの扉を開けて。
「いらっしゃいませ〜!」
僕は端の4人席に腰掛けました。

モモ…。
モーニングセット…。(≧∇≦)

50代後半と思われる渋めの男性マスターは「モーニングですね」
と渋い声を出して、去って行きました。
うお!かっこええ!
ダンディってああいう人のことなんだろうな。

出てきたのは、トーストとコーヒー、後からゆで卵が出てきました。
これで500円とは高くない?
と思いましたが、漫画を読んで時間が潰せるから、高級漫画喫茶だと思えばいいんだよね。
いや、マジでこういう喫茶店て学生の時以来だから、緊張する〜。

朝からモーニングセットなんて、オレはいつから大人になったんだ?
う〜む!
こういう朝も悪くないな。
とっくにおじさんの域になっているオイラですが、大人を感じてしまった一時なのでした〜。
んで、石割山に登ったわけだけれども、10個くらいピークを越えたので、大変でした。
暑いし〜。富士山見えないし。
とあるネット仲間から情報が入り、3センチの雹が積もって富士山が白くなっているとか…。
って富士山は雲に覆われていて、やっぱりというか…。
がっくりでした。

山中湖に出てから気持ち良かったんですよ。
波音がして、湖畔には白鳥が羽を休めていてね。
ああ、あのやわらかな羽毛を抱きしめたい!
動物相手に妄想しちゃダメでしょ!

帰宅してから、タクシーの予約したんだけど、片品観光は、尾瀬に行ってて出払ってるとのことで予約を断られました。
タクシーの予約でこんなこと初めてです。
それだけ尾瀬のほうがお金になるんでしょうね。

仕方なく、関越交通に電話すると、あっさりOKでした。
やっぱりこういう時は、東武グループの大手だね。

GWの奥白根山〜皇海山〜袈裟丸山縦走のレポを読んだ人は分かると思うけど…。
明日は、GWの時にあまりの重さに耐え切れずにやむなく捨ててきた、スノーシューを回収しに行ってきます。
多分、誰かにとられて無くなっているだろうけど…。
感動の再会はできるのでしょうか?

南極物語のタロとジロみたいに〜。

GWからずっとこのことが頭に引っかかっていて、遠出どころでは無いのです。
明日の奥白根山行きで、GWからの懸案事項がようやく消化できるのです。
来年は東北方面へ出かけたいよ〜。
富士吉田駅前の
喫茶店
モーニングセット
500円
白鳥の湖
買い物
明日のお弁当
夕食はキャベツ炒め
今日のハカリ君
体重:56.20kg、体脂肪率:14.2%、内臓脂肪:5、体内年齢:20才、
基礎代謝:1325kcal、筋肉量:45.7kgスコア0、骨量:2.5kg

決してマネしてはいけない恐怖のダイエット…。
今朝山に出かける前に、賞味期限から6日経過した牛乳をコップ1杯飲みました。
今まで便秘だった胃腸の調子が…。
グルグルです。

出すもの出したら、体が軽くなったみたい?
たったの1日で体脂肪率1.4%減、体内年齢3歳若返り。
リバウンドが恐い…。

2006年8月12日 土曜日 曇りのち雷雨
とあるネット仲間と、惣角沢を遡行しました。
2回目の沢登りです。
夏は沢登が涼しくていいね。

イワタバコが見れたのは思わぬ収穫でした。
でも午後からゴロゴロ鳴って、雷雨がすごかったです。
御前山山頂にはだ〜れもいません。
そりゃこの雨じゃ誰だって帰りますって…。
風が強くて、水に濡れた体が冷えてしまいました。
夏でもガタガタ震えることってあるんだね〜。

僕らは、御前山第二尾根を下って藤倉上流に戻りました。
今日同行してくださった方も、ものすごい健脚者なのです。

帰りに、ツタヤに立ち寄ったら、「野草 見分けのポイント図鑑 講談社」という本を見つけてさっそく購入しました。
イラストで見分けがしやすくなってる〜。
これで、ようやくトリアシショウマとアカショウマの区別ができそうです。
言葉で説明してあっても分からないんだよね。
だからこういう本ってありがたいです。

夕食はハンバーグとシュウマイを食べました。
できあいのものだけど、体が肉を求めてる〜。
明日は石割山へ…。
どんなお花が咲いてるかな〜?
買い物 花の図鑑 夕食
今日のハカリ君
体重:56.95kg、体脂肪率:15.6%、内臓脂肪:6、体内年齢:23才、
基礎代謝:1323kcal、筋肉量:45.6kgスコア0、骨量:2.5kg

筋肉量が増えたのはいいんだけど。

2006年8月11日 金曜日 晴れ
鍋とお別れ…。
最近の夕食はヘルシーな水餃子なわけですが…。
沸騰する頃、ダシ汁がキッチンの上に溢れてるんですよ〜。
もももももしかしてポルターガイスト?
それとも、沸騰して溢れ出たのかな?

原因不明のまま、次の晩の夕食も水餃子。
やっぱり、キッチンはダシ汁で茶色くなっています。
あ〜もう後片付けめんどくさ〜い!

鍋の底をよ〜く見てみると、雫が垂れているじゃありませんか!
そしてもっとよ〜くよ〜く見てみると、小さな穴が開いています。
焼かれたり冷されたりして、消耗してたんですね。
かわいそうだけど…。

お前はゴミ箱行きじゃ〜!(`‐´≠)凸
この役立たずめ!(怒)
どこかの会社の社員みたいに、あえなくリストラとなった次第です。

さすがメイドインチャイナ!
100円ショップの鍋は壊れるのが早い!

もうすぐ独り暮らしを始めてから3年が経ちますが、愛着のあった鍋は、その前に撃沈してしまいました。
鍋はゴミ箱へ 夕食

2006年8月10日 木曜日 晴れ
台風一過だから、暑いね。
あ〜もう仕事なんかしてる場合じゃないよ〜。
山に行きてえ。
汗がたっくさん出たからコーラがうまかった〜。

週末は天気悪そうだな。
近場の山にするかな。
やっぱり岩殿山?

ちなみに夏休みは、12日から16日までです。

とりあえずの候補地は奥白根山、石割山
月曜や火曜がいいかな。
特に道志方面は平日が有利だからね。 

2006年8月9日 水曜日 雨のち曇り
うう…。
胃が重い。

とり皮の食いすぎだ〜。
前は油物食べても、胃がもたれなかったのに、年かなあ?

今夜は2本だけ…。

(^〜^)モグモグ

もう2本だけ…。

(^〜^)モグモグ

もう2本だけ…。

(^〜^)モグモグ

い、いかん。
結局6本も食べてしまったよ〜。
とり皮うますぎ!
夕食

2006年8月8日 火曜日 雨のち曇り
会社の帰りに、白いワゴン車が電柱に激突してました。
事故を見るとなぜか興奮してしまいます。
野次馬もどんどん集まってきました。
どうして、人間には事故を一目見る習性があるのでしょうか?
滅多に起きないことだから?
他人の不幸は蜜の味?

マジで埼玉は事故が多いです。
そして、スピードを出す人が多いのです。
今回の事故も、スピードの出しすぎで、脇見かハンドル操作の誤りでしょう。
都内よりもなぜか黄色の時間が長いんですよ。
これじゃあ、黄色だと進みたくなってしまう習性がついてしまいます。
オイラもそうだけど…。

以前は一年に一度は事故っていた僕ですが、ここ数年は無事故です。

やっぱりこういうのって、霊のしわざだと思ってしまいます。
前の会社は、雑司ヶ谷墓地の隣でしたから。


餃子の皮がまだ余っていたので、ひき肉を買いに東所沢生鮮市場に行ったら、久しぶりにとり皮が売ってたんで買ってしまいました。
見たら買わずにはいられないんですよね。
水餃子を食べた後に10本完食しました。

眠いです。
あ〜レポ作る気力がありません。
まだ早いのですが、今晩は寝てしまいます。
おやすみなさい。
買い物 夕食

2006年8月7日 月曜日 晴れ
たまには心に聞いてみる…。
OLIVIA
a little pain

手嶌葵
テルーの唄

の2曲をツタヤで借りてきました。
特にOLIVIAのa little painが良い!
両方ともアニソンなんだけどぉ。
共通のキーワードは心だね。

オイラの心は不思議さあ。
死にたいと思ったことが何度もあってね。
もうあれは過去のことで、まったく別の人格がやろうとしてたことみたいなんだ。
今思い返すと、あの落ち込み方は尋常じゃないっすよ。
ひょっとしてあれがうつ病だったのかな?
う〜ん良く分からん病気だ。
まあオイラの持病は、うつ病も併発するらしいから、納得はできるけれども、波があるみたいなんだよね。
次にうつ病の波がやってくるのはいつだろう?
なんて考えてるからうつ病になってしまうんだ。
原因の一つは心と対話すること。
これは危険な遊びです。
開けてはいけないパンドラの箱なのです。

今は山のことしか考えてないから、落ち着いてるみたい。
熱中できるものが他にあるっていうのもいいんだね。
例えば恋とか…。
って今は山が恋人か?

そんなわけで、僕の心はいつ終わるか分からない安定期に入ったようであります。
心は元気かい?
元気だよ。
レンタルCD 夕食

2006年8月6日 日曜日 晴れのち曇り
午前2時に寝て、18時に起きたから、16時間寝てました。
昨夜のことを思い出すと、今ここにいるのが信じられません。

もうすぐ林道に出るという時に、道が無くなり斜面を滑り落ちてしまいました。
幸い、1mほど落ちたところで、下の林道に着地して、かすり傷程度でした。
ほんとにあと少しで林道に出るという油断が招いたのでしょう。
1時間以上も、慎重にゆっくり下ってきて、緊張が切れた瞬間でした。

日記に書くエピソードとしては、つまらなすぎる〜。
もっと大怪我すれば良かった…。
と不謹慎なことを考えていますが、無事に帰れたことを感謝しなくてはいけないですね。

夜の○○尾根を下りました。危険すぎて尾根の名前をまだ公表できないよ〜。
「なんでそんな危険なことするんだ〜(怒)」
といろいろな方に怒られそうです。
はい、危険を承知でやりました。
まあ、無事に下山できたんだし、結果オーライということで許してください。
僕は今まで遭難して、救助されたことは一度もありません。
救助隊や他の方々に迷惑かけてまで山に登る意味は無いと思います。
だから、そんなことにならないよう、細心の注意をはらって山登りをしています。
もし、遭難したら、そのときで山登りは終わるでしょう。
でも遭難0回の記録が続く限り、山登りも続きます。

いやそんな大袈裟なことじゃないっすよ。
実際は。

とにかく、あの長距離をとあるネット仲間たちと一緒に歩けて嬉しかったし、完歩できたことが信じられません。
むっちゃくちゃ感動しとります。
この感動を忘れないうちに文章にしなくては〜。
さっそくレポ作りにとりかかりたいと思います。
おっとその前に、焼肉食べて、洗濯物干さなくちゃね。

え?どこからどこまで歩いたのかって?
それはまだ秘密よ〜。
他のHPに行けば分かるかも。
あ〜調子に乗ってるなあオイラ…。
ともかくそれくらい嬉しかったってことです。
名誉の負傷
今日のハカリ君
体重:56.30kg、体脂肪率:16.2%、内臓脂肪:6、体内年齢:24才、
基礎代謝:1299kcal、筋肉量:44.7kgスコア0、骨量:2.5kg

うおおお!
一晩でもどっちまった〜。
ちくしょ〜。
そうだよね。
たったの一日でやせられるわけないもんね。
日々の努力が大切です。
明日から、トレーニング続行!

2006年8月5日 土曜日 晴れ時々雨
今まで人生の一番歩いた気がします。
ものすごく疲れたので、20時間は寝るでしょう。
おやすみなさい。
今日のハカリ君
体重:56.00kg、体脂肪率:14.6%、内臓脂肪:5、体内年齢:21才、
基礎代謝:1315kcal、筋肉量:45.3kgスコア0、骨量:2.5kg

すべての数値が良くなっています。
あれだけ運動したからね。
あとはこれをどうやって維持していくか…。

2006年8月4日 金曜日 晴れ
昨夜は、この日記を書き終えた後、友人が来て久しぶりに外食をしました。
結局彼は、僕の家に泊まることになり、寝苦しい夜を過ごしました。
男ですら、こんなに大変なのに、結婚して女性と寝れるのか不安です。
な〜んて、不安の種なんて少しも無いんだけど…。

細かい本を色々買いました。
谷 有二さんの本はおもしろいです。
あ〜明日は山だからもう21時半なんで寝ます。
おやすみなさい。
明日は奥多摩か大菩薩方面どえす!
昨夜の夕食 買い物 古書買ったよ

2006年8月3日 木曜日 晴れ
今日はなんだか体の調子がすこぶる良いです。
ハイテンション!〜?
年に何度か数えるほどですけど、こういう日があります。
精神的にな苦痛が取れた状態です。
精神が病んでいると、体もダメになってしまうんですよね。
こんな調子の良い状態が永遠に続いてくれればいいんだけど〜。
ま、病気なんやからしょうがないやね。

んで、仕事帰りに駅から自宅まで走ってしまいました。
こんなクソ暑い中、自殺行為?
汗ダクですが、気分爽快。

ついでに、第4次ダイエットブーム到来です。
玉ちゃんとお別れしてから、半月近くたちますが…。
まだ引きずっているんですよ。
オイラって、かな〜りズルズル引きずるいや〜なヤツなんで…。
そんな自分に嫌気がさして、新しい恋を始めるぞ〜。
っつっても、相手がいないじゃんか!
しかも、鏡見たら不細工…。

これでもね。痩せればホドホドにはなるんです。
いやなるはず。
なるかな…?

自信ナイ。・°°・(;>_<;)・°°・。

久しぶりに腹筋50回、腕立て50回、スクワット50回をやってしまいました。
いつまでブームが続くか分かりませんが、がんばろう!
と思います。



今まで、レポ(山日記)の製作には、1週間から1ヶ月以上の時間を費やしていたのですが、無料の画像編集ソフトを知ってから、かなりスピードアップしました。
以前は山に行きたくても、レポができてないから山に行けず、悔しい思いをしたのですが、最近はサッサと作って、次の山に行くことを考えることができるようになりました。
もう何度も書いていますので、あえてどなたと書きませんが…。
あれもこれも、紹介してくれた方おかげでございます。
ほんとに感謝しております。
レポが10件以上たまると、ウツ状態に陥ってたんで、ほんとに助かってます。
おそまつな試合
昨夜、たまたまテレビをつけたら、亀田選手の試合が11ラウンドでした。
フラフラで、クリンチば〜っかり!
なんだよ〜。
あれだけ大口叩いていたわりには弱いじゃんか!

あの判定、みなさんはどう思います?

試合終了直後、相手選手は、勝ち誇ったように、両手をあげていたのですが、亀田選手はいかにも「負けた〜(;>_<;) 」って感じで、うなだれていました。
後から思い出したように両手あげてたけど、あの状況が試合結果だと思うのです。

亀田選手は負けたと思いました。
でも判定で「ナニワの…。」
って聞こえた時、嬉しかったのも事実です。
日本人選手が外国人選手に、判定でも勝てたのは嬉しかったのです。

しかし、冷静になって考えてみると、やはりあの判定はおかしいのです。
T豚Sさんからお金をもらってジャッジしているとしか思えません。

あ〜あ…。
ボクシングだけは、男と男の真剣勝負だと思ったのになあ。
あれじゃあ、格闘ショーのプロレスなんかと変わらないよ。
ってこんなこと書いたらプロレスファンに怒られそう…。

プロ野球の中継を見るよりは全然おもしろかった(表現が変)から、亀田選手の功績はでかいといえばでかいね。
その点を考慮して、今回はチャンピオンベルトをあげるけど〜。
って俺は何様?
次回は実力でがんばってくれよ〜。

2006年8月2日 水曜日 曇り時々晴れ
レタスちいせえぇぇぇぇぇぇ!
なんでも天候不順が続いているせいだからだとか。
先週買った時の3分の1ですよ。

ねたのは結局日付が変わって午前2時でした。
眠いよ〜。
今朝目が覚めると、胃が重いのです。
昨夜寝る前に飲んだコーラ500mlと餃子の油が原因でしょうね。
このままではメタボリッカーになってしまう〜(~Д~;)

ってことで今日の餃子は水餃子だよ〜。
油はできるだけ使わないほうがいいね。


いなくなり

はじめて分かる

ありがたみ…。

玉ちゃんカムバ〜ック!
買い物 夕食

2006年8月1日 火曜日 曇り
ル〜ルル〜ル〜ルルル〜…。
独りで作る餃子ってさびしいなあ。
ひき肉と餃子の皮を買ってきて、作っておりますよ。
玉ちゃん直伝の韓国風餃子。
皮にアンを包む時って、何も考えなくていいね。
無心になれます。
今日は焼き方失敗しちまいました。
最初に蒸してから、油を入れればいいのに、逆をやってパリパリじゃなくなってしまいました。
明日も多分餃子だよ〜。


給料が出たんで、メモリーモジュールを買いました。
買い方ですが、まず。
PCの機種をメモして、お店に行きます。
売場に、各メーカーの対応表の本があるので、自分の機種に適したメモリーモジュールをそれで探します。
見本カードをレジに持っていけば買えますよ〜。
エレコムが一番安くて512Mで1万円ちょっと。

さっそく、組み込んでみたら、704Mまでメモリーが増えました。
特に、設定を変えることも無く、スイスイ快適に動くようになりました。

このHPの総容量いくつだと思います?
僕もびっくり!
約900MBですよ。もうすぐ1GB(≧∇≦)
去年は確か、300MBだったのに〜。
オイラのHPは加速度的に増えていくな。

今までは、文字が変換されるのに、2〜3秒もかかっていたのですが、今は一瞬ですよ!
なんて快適なんだ〜。
ますます、HPを作る速度があがりそう。
メモリー増やすだけでこんなに快適にPCが動くのね〜。
片方の256MBも512MBにしちゃおうかな。
買い物 メモリーモジュール NPCの裏
餃子 夕食

06年7月の独言日記