特別編

最終話 帰郷

登場人物紹介 首都高速用語解説

前回までのあらすじ…。
有休の許可が出た日にドラッグストアで精神安定剤を買いました。
広島まで行き覚悟を決めますが、自殺は未遂に終わりました。

特別編とは?
「決断の時」というタイトルで始めることになったこの企画。
一番話したいことまで書くのにかなり時間がかかりそうなので先に書くことにしました。
旅の記録
大竹7:55→広島8:41 9:29→新大阪10:34 10:39→東京13:45 13:51→
池袋14:14 14:19→上板橋14:31

1997年11月22日(土)雨
朝、目が覚めると、昨日と同じように雨が降っていた。
僕が広島に来てから、気持ちの良いスカイブルーを見ていない気がする。
だから空は心の鏡だと思ってしまう。
死ぬことも生きることもできない僕はどうすればいいのだろう。
いつもなら、真っ先にオオノさん(あの人)に相談するのだが、彼女は大分・湯布院だ。
広島からはまだもう少し遠い。
この問題は自分で解決しなければいけないのかも知れない。
ここが、一人前の大人になれるかどうかの瀬戸際なのだろう。
いい加減、オオノさんを頼るのはやめにしないと…。

「そろそろ一人で歩こうよ」
もう一人の僕が言う。
生きて罪を償うのも大人の決断だよ。
結局君の26年はどんなことをしようと、忘れることはできないよ。
時計を元に戻すことは不可能だから。
死ぬことができなかった君に、記憶喪失になる勇気があるとはとても思えないね。
そもそも人間はオギャーと生まれた時から罪を背負って生きているって誰かが言っていたよ。
大なり小なり罪は罪…。
犯した罪を反省するのが人間だと思うよ。
そして君はこのことを様々な人々に公表しなくてはならない。
それが君の生きる意味だ。

僕は東京に帰る決断を下す。
一度は捨てた命…。
もう何も怖いものはないように思えた。
とにかく東京に帰って、やれるとこまでやってみよう。

広島から新幹線に乗る。
週末なので、ひかり号に座ることができなかった。
3連休の最初の日だからだろう。
のぞみ号ならグリーン席で座ることができたが、ひかり号自由席の約2.5倍の値段がした。
ひかり号でものぞみ号より20分遅いだけだ。
しかし、今は後悔している。
この機会にのぞみ号を経験しておけば良かったと思った。
最後の最後で急にセコクなってしまった。
まあ、これから生きることを決めたわけだし。
そのためには、途方も無いお金がかかる。
今から節約するクセをつけておかないと…。
昨日までは、死ぬまでに全部のお金を使ってしまおうと決めていたのに不思議なものだ。

しかし君は節約の仕方も中途半端だよなあ。
節約するなら各駅停車で帰らなくちゃ。

僕は東京に一刻も早く帰りたい気持ちになっていた。
それは広島が復活の街になってくれたことの証のようなものだった。
再び人生に迷うようなことがあれば、また広島は大きく腕を広げて受け入れてくれるだろう。
トンネルを何度もくぐり、トンネルを抜けるたびに、車窓が明るくなる。
そう、僕はたまたま10月からトンネルに入っていただけなのかもしれない。
僕の知っているトンネルには入口があって出口がある。
トンネルの長さは自分の努力しだいで、短くも長くもできるようだ。
そして、僕は確実に出口のほうへ向かっていた。

広島がどんどん遠くなっていく。
どんどん東京が近付いてくる。
今度広島に行く時は好きな人と一緒がいいな。
今はまだ夢と現実の狭間だが、東京には現実が待っている。
そうだ!日記をつけることにしよう。
タイトルは提督の決断?
それじゃあ第二次世界大戦だよなあ。
決断をする時っていうのが重要なんだよなあ。
決断しだいで、自分の人生が決まるから…。
考えてみれば人生は決断の連続だよなあ。
じゃあ「決断の時」(君はどう選択するか?)ていうのは?

名古屋でようやく座ることができた。
僕の隣にもようやく座ることのできた若い女性が座った。
僕はその人に声をかけてみた。
かず:「あの…、どちらからですか?」
若い女性:「大阪からですけど…」
かず:「それじゃあ、これからどこかへ向かう途中なのですね?」
若い女性:「はい、浅草の友達のところへ行きます」
かず:「僕は広島から東京へ帰るところなんですよ。いろいろありましたがやっぱり帰ることにしました」
彼女は不思議そうに顔を傾けたが、昨日までのいろいろを話すには内容がヘビーすぎる。難しい話はしないことにしよう。

その女性は金融関係の仕事をしていて、大阪に住んでいるということだったが、関西弁ではない。
僕に気を遣ってくれているらしい。
かず:「あの〜。大阪駅前に新しいビルができましたよね?」
若い女性:「え〜と、空中庭園ビルのことですか?」
かず:「はい、僕が数十年前に来た時は無かったビルです」
若い女性:「大阪は随分変わったでしょ?片町線だって尼崎まで行くようになったんですから」
かず:「え〜!そうなんですか?それは知らなかったなあ」
若い女性:「東京には負けないですよ〜」
ようやく彼女の本音が聞こえてきた。
かず:「こっちだって大阪には負けないですよ〜」
僕らは終点の東京駅まで子どものようにベチャクチャ喋りまくった。
そして東京駅のプラットホームで僕らは名残惜しみながら別れた。
性格が良くかわいい人だったので、すっかり気に入ってしまったが、住所も名前も聞かなかった。
そのほうがこの出会いを大切にできると思ったからだ。
大阪にもあんな人がいるんだ…。
僕の中でちょっとだけ大阪のイメージが良くなった。
のぞみ号に乗っていたらこんな楽しい思いはできなかったはず…。
そして、一昨日命を絶っていたらここには…。
東京駅のプラットホームには立っていなかった。
僕はダッシュで山手線のホームへ向かった。

決断の時 特別編完結。応援ありがとうございました。