青春編
| 第十五話 | ダメンズチーム |
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| 登場人物紹介 | 首都高速用語解説 |
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| 前回までのあらすじ…。 ガイトは享年23歳でした。あまりにも若すぎる死が悔しいです。 さて、気を取り直して、再び1985年の中学二年に戻ります。 青春編とは…? 学生時代のことについて書いていきます。 |
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| 1985年6月 八ヶ岳の板橋区立少年自然の家に移動教室に行くというので、班分けをすることになった。 男子と女子で2組ずつに分かれて、合計4班を作る。 僕は選挙で仲良くなった「ガイト、アベ」と組んだ。 タチバナ、フジタとも仲が良かったので5人になった。 オチャ、サカシタ、キヨハラ、タジリ、マツモリのまあまあ仲の良かったメンバーも加わった。 僕らの班はあまりルックスのいいやつはいなかった。 頭が悪かったり、性格が悪かったり、今で言えばダメンズばかりが揃った。 僕は性格が悪かったし、見てくれも普通だったので、類は友を呼ぶのだろうか? と思ってしまった。 それに比べてイケメンチームには頭が良く、ルックスのいい連中が揃っていた。 少々不良のやつもいたが…。 プーヤン、イワミ、ウチカワ、リキ、カジ、シノザキ、シバタニ、シライシ、ソガベ、ゴンテル、フジヌマ、ワダ この班分けを見て、スドウが一言僕に言った。 「何でプーヤンたちのグループに入らないの?」 僕は何も返す言葉が無かった。 「僕も落ちこぼれだからさ…」とは言えなかった。 そんなことは友達を裏切ることになるから…。 僕は一番楽そうな食事係になった。 あの子は何係になったのだろうか? 余談ですが…当時の不良…。 僕らの学年にそんなに悪いやつはいなかったが、一つ上の3年生は悪ばっかりだった。 授業中窓ガラスを割るし、便所で煙草を吸って、非常ベルがしょっちゅう鳴っていた。またわざと非常ベルを鳴らして逃げるゲームもやっていた。 トイレットペーパーを濡らして、隣の家の壁に投げると、ベチョっとひっ付いてそれをおもしろがってやっているやつもいた。 だから学校の隣の家の壁は白いペーパーがくっついて、アート的な壁になっていた。 授業中バイクを乗り回すやつがいて、全校の授業は一時中止。 先生が止めに行くと、その生徒に殴られて、鼻の骨を骨折して、救急車で運ばれて行った。 近所の人が警察を呼ぶほど、喧嘩はしょっちゅうで、公立の中学校とは思えないほど荒れていた。先生達は、そんな悪い噂が立たないように消火作業に忙しかった。 不良達は、ネクタイの結び目を小さくしていたのでひと目で見分けることができた。 ボンタンと呼ばれる、下がダボダボしたものを着ていたやつもいた。 バリバリ伝説やビーバップハイスクールがはやったのもこの頃。 |
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| 今回からクラスメイトの学年文集を載せることにしました。 クラスメイトの学年文集U-1 中学校二年 東垣外(ガイト) 昨年この学年文集を書いた時一年の時をふりかえってみて、来年はがんばろうと思っていた。 しかし今ふりかえると全くといっていいほど努力していなかったと思えたがこの一年間は楽しかった。 そして、この一年間で一番楽しかったことは移動教室です。 諏訪へ行き短い場所だったが班行動できたということ、そして西岳へ登ったこと、西岳へ登ったことはとても印象に残っています。 登る時のつらさや登り終えての気持ちなど、それに道を間違えたことです。 道を間違えた時滑り落ちてしまいそうな道の無い斜面を通ったりしてとても楽しかったことなどがありとても楽しかったです。 でも楽しいことはたくさんあったが、今年一年間自分で努力し、最後まで一人でやりとげたということが一つも無かったように思えます。 いちよう努力しようとはしたけれど、やりとげられないでそのままにしてしまったことがほとんどでした。 中学校三年になったら、努力だけでなくそれをやりとげるということも大切なことなのでこのことも守って行きたいと思います。 大切な時の友達 アベ この前始業式があったと思っていたら、もう一年が過ぎ去ろうとしていた。 改めて今年一年間を振り返ると色々な行事があった。 まず始業式のクラス変えに始まって前期球技大会、運動会、文化祭、まだまだ色々な行事が行われた。 私はクラス変えが楽しみだった。 何故なら、仲のよかった友達とまた同じクラスになれるかな? と、希望があったからです。 当日発表された後、私はあまり嬉しくはありませんでした。 理由はわかると思いますが、私の希望していたことが、叶わなかったからです。 その時吹いていた風はまだ冷たかったです。 そんな気持ちだったけれども、新しいクラスになって、新しい友達のまた友達とも仲が良くなった。 私は友達が増えたと同時に不思議にも思えた。 クラス変え当時は、あまり嬉しくない気持ちだったのにこの時からはとても良い気持ちであった。 その友達と一緒に、球技大会、運動会も協力してきた。 文化祭も部活動の友達と一緒に参加できた。 これらの行事だけではなく学習面でも良く協力できたと思う。 来年は入試もあることだしこの様な友達といつまでも一緒に協力し合いたいと思います。 私はこの二学年という時を大切にしたいと思ってきました。 三学年になれば思う様に行かなくなると思うからです。 今はとても大切な時だと思うから。 二度目の鎌倉 イケダ(かず) 僕の友達(ガイト)がまだ二年生だというのに合格祈願の御守を買いたいと言ってきて、ちょうど国鉄全線乗り降り自由という便利な切符を持っていたので二人で使って、鎌倉の八幡宮へ行くことに決まりました。 当日東京駅から楽しい旅が始まりました。 友達は単行本を買い込み、僕は朝飯を食べていなかったのでタマゴを買って、列車に乗りました。 鎌倉に一時間で到着して八幡宮へ行きました。 友達はやっぱり合格祈願の御守を買い、僕は縁結びの御守を買いました。 そして二人でおみくじを引いて二人とも末吉でした。 出店でたいやきを買い、江ノ電で江ノ島に行くことにしました。 車内の広告にエスカーという文字が目に入り、そこへ行って見ることにしました。 江ノ島に着いてエスカーという物がエスカレーターの事だとわかり、がっかりしました。 エスカーに二百円出して乗り上まで行って植物園に入りました。 ここまで来たんだから、と思いお金を出して展望台に登りました。 景色は雲があったので、あまり良くなく納得のいかぬまま下りました。 それからたぬきうどんを食べて、帰りにわかめのおみやげを買って、江ノ島の駅へ行きました。 遠足の時と違った鎌倉になりました。 一年をふりかえって イマヒガシ(プーヤン) 僕は二年になってとても変な気持ちになっていた。 それは二年に上がれた喜びと、勉強などが以前にも増して難しくなる不安が混ざっていたからだ。 6月になって待っていた移動教室。 とっても楽しみにしていた。 とても疲れた一日目のハイキング。 病気で西岳に登れず、ベッドで寝ていた二日目。 移動教室ではとても楽しい思い出ができた。 10月の運動会。 みんなの努力で三位になれた。 そしてなんとプラカード賞まで取れた。 11月最初は何もしないで最後に少しだけ手伝った文化祭ではあまり努力的では無かったが、みんなのおかげでやっと完成した。 他のクラスにはとても素晴らしい展示があった。 でもA組もなかなかのものだったのではないだろうか。 最後に勉強だ。 少し不真面目だったのではないだろうか。 授業中の無駄話が多く、たびたび叱られた。 テストもやるたびに成績が上下していた。 勉強はこれからもどんどん大変になっていく。 このように一年をふりかえってみると、楽しい思い出苦しい思い出など、様々な思い出が残っている。 そして、これからもどんどん思い出を作りたいと思っている。 |
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| 次回予告 いよいよ始まった移動教室。 集合写真で隣に来たのは…? |
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| 第十六話 | 集合写真 |
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